書店員のよしなしごと

読んだ本についてぼちぼち紹介いたします。

四月刊行予定、気になる新刊たち

月が改まってはや四月。

元号が発表となって、その典拠である万葉集もあわせて話題になっている。

万葉集の関連の本はもちろん沢山出版されているが、なかでも入門書のようなものは抄訳であったり、現代語訳しか載っていなかったりで、「令和」の依拠するところである、

初春の令月にして、気淑く風和ぎ

というところがしっかり載っている書籍は意外に少ないようにも思われる。

勤め先であれこれめくってみた限りでは、ソフィア文庫のビギナーズ・クラシックスなどが良さそうだ。

今日発注した関連書籍の中にはすでに品切れになっているものもあって、(少なくとも書店員たちの)注目の高さがうかがわれる。

さて、そんなこんなで始まった四月。

個人的に気になっている四月発売予定の新刊を備忘を兼ねて挙げていく。

  • 「むかしむかしあるところに、死体がありました。」

著者:青柳碧人

出版:双葉社

「浜村渚の計算ノート」の青柳碧人の新刊。日本の昔話のパロディの本格ミステリ短篇集だそうだ。某出版社の営業の方から聞いた前評判が良かったので期待している。

  • 「偶然の聖地」

著者:宮内悠介

出版:講談社

宮内悠介ファンなので楽しみ。amazonの紹介を読んでも内容についてはさっぱりわからないけれども。

  • 「シーソーモンスター」

著者:伊坂幸太郎

出版:中央公論新社

中央公論新社の文芸誌「小説BOC」のメイン企画「螺旋」プロジェクトの単行本化。朝井リョウの「死にがいを求めて生きているの」に続いての二冊目である。朝井リョウのものも読んだので読み比べてみたい。なお別段続き物とかではないもよう。

著者:陳浩基

出版:早川書房

華文ミステリの雄、「13・67」の陳浩基の新刊である。発売日ももうすぐなので、早川書房のhpなどで書影も見ることができるが、これがまたかっこいい。年末のミステリランキングに絡んできたりするだろうか。

  • 「ロイスと歌うパン種」

著者:ロビン・スローン

出版:東京創元社

「ペナンブラ氏の24時間書店」のロビン・スローンの新刊。

  • 「偶然仕掛け人」

著者:ヨアブ・ブルーム

出版:集英社

偶然の出来事が自然に引き起こされるように暗躍する秘密の存在が主人公の現代ファンタジーだそう。なんとなくタイトルとあらすじに惹かれている。

あとは、文庫化作品として小林泰三の「アリス殺し」など。シリーズ最新作の「ティンカー・ベル殺し」の連載もスタートするそうでこれも楽しみだ。

あなたが今、気になっている新刊はなんだろうか?

料理をしたくなる、レシピ本の本「食べたくなる本」

レシピの本を「読む」ということ

言うまでもないことながら、レシピ本というのは実用書であって、調理に際してその方法を知るために参照されるものだ。

しかし、高度に専門的な、言わば「プロフェッショナル向け」のレシピ本も書店には多く並んでいて、またそれを買い求める人も多い。そのうちのどれ程がその本を「実用」しているのだろうか。

個人的には買ったは良いもののほとんど使うことなく、しかし時々取り出しては眺めているレシピ本も多い。

レシピの本を実用的でなく読むことの意味とは何か。そもそもそこに意味というほどのものは存在するのか。

本書を読んで、漠然と抱いていたその問いに対する、一つの答えを与えられた様に思った。

本書は一口にいうと、「料理本の本」である。

様々な料理の本(とくにレシピ本が多い)に対して、著者の体験、意見などが述べられる。広い意味で「食エッセイ」とも言えよう。

「食」というのは生きていく上で欠くことのできない行為であるせいか、個人のこだわりが強いもののように思われる。

「美味しさ」の基準というものを個々人が持っていて、それぞれに大切にしている。

こだわりが強ければ、人は時として排他的になりがちだ。たとえば、目玉焼きに何をかけるかを語るとき、醤油派の人は「ソースをかけるなんてありえない」などと言ったりする。大げさに言えば、そこには容易には埋めがたい断絶がある。

レシピの本を読むときなどでも、程度の差こそあれそう言った「断絶」は存在するように思われる。一度「自分の味」「我が家の味」が定まってしまえば、それを差し置いて見知らぬレシピ通りに作ってみることは少ないのではないか。

しかし、あとがきにおいて著者はこう述べている。

「おいしい」と感じるその感受性のかたちそれ自体をかぞえあげることが目指されている。自分のまだ知らない「おいしい」に触れることは喜びである。

この、自分と異なる価値観や考え方に対する、著者のおおらかさのようなものを読書中たびたび感じることがあり、それが心地よかった。

今まで自分の尺度で以って「実用的でない」として、読むだけで満足してきたレシピや、「好みでない」と思って捨て置いていたものも、新しい気持ちで取り組んでみて、その背景にある自分とは違う「おいしい」の基準に思いを馳せてみたくなった。

BOOK INFO

あの「屍人荘」の続編、「魔眼の匣の殺人」

あの「屍人荘の殺人」の続編がついに出た。発売日をじりじりしながら待っていた人も多いのではなかろうか。

そうした人の中には、きっと一つの疑問があった事だろうと思う。
その疑問とはすなわち、新作はこの膨れ上がった期待に応えてくれるのか。「屍人荘」の続編、というハードルを越えることはできるのか。

つまり「魔眼の匣の殺人」は面白いのか?

前作「屍人荘の殺人」は

「屍人荘」は東京創元社が主催する文学賞、第27回鮎川哲也賞を受賞して、著者今村昌弘氏のデビュー作となった作品である。

鮎川哲也賞は「創意と情熱溢れる鮮烈な推理長編」を募集するもの。
「屍人荘」はまさにその通りのミステリ長編であった。
その「創意と情熱溢れる鮮烈な」発想のインパクトたるや相当なもので、アレを論理的な本格推理と結びつけたのは本当に見事だった。

細部に至るまで気を配って書き上げられたのだと思う。

世間的にも非常に高評価を得た。2017年末の「このミス!」や「本格ミステリランキング」などのミステリランキングで次々と一位を取り、本屋大賞でも第三位に食い込んだ。 映画化も決定している。
近年稀に見る華々しいデビューである。

「屍人荘の殺人」をまだ読んでない、と言う方ははぜひ手に取っていただきたい。
文庫落ちを待たれている方もいらっしゃるだろうけれども、不意のネタバレを受ける前に読んでいただきたいと切に願う。

「あと二日で四人死ぬ」

帯にもある上記の文句の通り、本作の大きなテーマは「予言」である。
前作「屍人荘」でも、ある超自然的な現象(例のアレ)が描かれた。

論理によって支配されるべき本格推理の世界において、論理から逸脱した超自然現象は相性が悪いように思われるが、今作でもオカルトが本格推理をしっかりと引き立てている。 オカルトと本格推理の調和という点においては、前作を凌駕しているとすら言えるかもしれない。 このあたりのバランス感覚が本当にすごいと思う。

「屍人荘」ではあるテロ事件がきっかけとなって物語が転がりだすのだが、そのテロ事件の発端をなすのが「班目機関」なる謎の組織の研究成果であった。

前作ではその「班目機関」の謎は明かされることなく物語は幕を閉じ、今作において主人公葉村譲と剣崎比留子は大学生活へ戻りながらも、引き続きその機関についての調査を継続している。

そんな中、二人は『アトランティス』なる怪しげなオカルト雑誌に件のテロ事件が予言されていた、という情報を得る。また、その誌面には、その予言というのが『M機関』なる組織の実験の成果である可能性が示唆されていた。

その情報を元に、二人が向かった先こそが『魔眼の匣』。W県、人里離れた山奥に存在する施設であった。

そして『魔眼の匣』は閉ざされ、事件が巻き起こるわけだが、それが如何なる帰結を迎えるのかはぜひ実際に読んで楽しんでいただきたい。  

次回作は

今作を読んでいて、比留子と葉村の共通の目標を持った協力関係とでも言うべきものが、今後どのように変化していくのだろうか、というのも気になった。
なぜか殺人事件に巻き込まれる比留子の体質など、伏線と思われる要素や謎もまだまだ残されている。   『屍人荘』で鮮烈なデビューを飾った今村昌弘氏による第二作を、今回、期待と不安をもって手に取った。
しかし、前作のハードルをしっかりと超えた今作を読み終えた今、もはや不安はない。さらなる飛躍を期待して、次回作の刊行を待ちたい。

BOOK INFO

端正な筆致による極上SF短編「象られた力」

 先日、神保町のブックフェスに行ってまいりました。

 早川書房さんに並んで東京創元社さんに並んだら、もう大体力尽きてしまってわりと早々に引き上げてまいりました。

 来年はもう少し下調べをした上で気合いを入れて臨みたい所存。

 

 さて、そこで購入したのが今回の書籍、「象られた力」です。

 著者の飛浩隆さんは今年、表題のデビュー作を含む作品集「ポリフォニック・イリュージョン 初期作品+批評集成」(河出書房新社)、そして最新刊「零號琴」(早川書房)と二冊の単行本を世に送り出しておられますが、少なくともこれまでは寡作な作家さんでした。

 実のところ私はわりと最近までその存在を知らず、読むのも本作が初めてでありました。

 しかしながらこれが、一読してみれば、なぜもっと早く読んでおかなかったのか、と思うような粒揃いの作品集でした。

 収録されている作品のうち、一番あたまに来ている作品は「デュオ」というタイトルの、ある双子のピアニストをめぐる話です。

 凄まじいまでの才能と技術を持つ双子が奏でるピアノは、聞く者の感情を大きく揺さぶる、人智を超えた、と言ってもいいほどのものとして描写されます。

 その双子の音楽を、文章の力ですくい上げる著者の筆致こそ実に素晴らしく巧みで、読者は異星の自然や、遥か未来の建造物などなど、様々な未知のものを視覚的に楽しむことが出来ます。

 もちろん作品の魅力は文章的なテクニックだけでなく、語られるストーリーも素晴らしい。

 登場人物もそれぞれ個性的で、全体にエンタメ色がわりと強く、褒め言葉になるのかどうかは読者によるかと思いますが、SFの中ではむしろソフトな部類かと思います

 収録作の一つ「呪界のほとり」などは、そのタイトルからも感じる通り、SF的技術の発達した超未来を舞台にしているにもかかわらず、むしろファンタジーっぽさがかなり強く(竜も出てくるし)、そういったエンタメ小説を好まれる方は、取っつきやすいのではないでしょうか。 

 

  つぎは最新作の「零號琴」を是非読んでみたいなぁ、と今からワクワクしております。

 

BOOK INFO

「象られた力」

出版社:早川書房

著者:飛浩隆

ISBN:9784150307674

今年も期待通りの鮎川哲也賞受賞作「探偵は教室にいない」(10月26日訂正あり)

 例年楽しみにしている、鮎川哲也賞の受賞作が今年も出版されました。

 タイトルを見たときに、察するに日常の謎を扱った青春ミステリであろう、と思いました。巻末に掲載の選評を読んでも思うことですが、北村薫さんや米澤穂信さんが選考を勤められる賞に、日常の謎もので真っ向勝負を挑み、そして結果を出すというのが凄い。

きっと面白かろうと期待して手に取りました。

 

 舞台は北海道。中学生の少女、海砂真史(うみすなまふみ)は、ある日、差し出し人不明のラブレターを受け取ります。その手紙について相談する相手を探した時、彼女が思い出したのが、長らく没交渉になっていた頭のキレる幼馴染の少年、鳥海歩(とりかいあゆむ)でありました。

 数年ぶりに再会した幼馴染の持ち込んだ謎に、手土産の好物のケーキを報酬がわりに、少年が挑みます。彼はどうやら不登校なのですが、その彼が学校のミステリに挑むというのは、一種の安楽椅子探偵ものと呼べそうです。

 単純なロジックにとどまらず、その裏にある人間の心情をも読み解く堂に行った探偵っぷりは中学生とはとても思えないほどで、不登校でありながら自由気ままに行動している風な様子を見ても、歩少年にはどこか謎めいたところがあります。が、そのあたりは作中では触れられません。

 このあたりは次回作への布石ではなかろうかなぁ、などと思っています。

 

 作中、バスケットボール部に所属する真史が、バックボードにもリングにも触れずにネットを揺らす改心のゴールを決めるシーンがあります。

 デビュー作でありながら非常に文章が読みやすく綺麗で、ことに各編の最後の一文などは、そのシュートを思わせる研ぎ澄まされたもので、そのために作品が際立っているように感じました。

 

 次回作が同じく青春ミステリものになるのか、あるいはグッっと舵を切ってくるのかはもちろんまだ分かりませんが、いずれにしても楽しみな、確かな実力をそなえたミステリ作家が、また一人現れたなぁ、と思います。

 

(10月26日 追記)

鮎川哲也賞の選考について、米澤穂信さんのお名前を挙げましたが、誤りでした。

ミステリーズ!新人賞と混同しておりました。

訂正しお詫び申し上げます。

 

Book Info

探偵は教室にいない

著者:川澄浩平

出版社:東京創元社

ISBN:9784488025595

 

中国発、アニメ化希望の本格ミステリ「元年春之祭」

 「読者への挑戦」という言葉を聞いて思わずワクワクしてしまうミステリ好きは少なくないように思われますが、本作には二度の「読者への挑戦」が挟まれたミステリ好きにはたまらない一作です。

 

 主人公である於陵葵(おりょうき)は才気煥発、明晰な頭脳と若くして広範な教養を持つ豪族の娘です。かつて楚国において祭祀を司っていた観家に滞在していた彼女が、祭礼の準備を進めていた観家で巻き起こる殺人に挑みます。

 まるで犯人がどこかへ消えてしまったかのような、不可解な状況。四年前にも観家を襲っていた凄惨な事件と、今回の事件はどのように関わっているのか。

 いかにも本格ミステリ、という感じでワクワクしますね。

 

 本作品の大きな特徴と感じたのは、舞台となるのが、紀元前100年頃、前漢の時代の中国である、ということです。

 於陵葵を始め、登場人物たちの振る舞いや、風物の描写、また多分に挿入される漢籍などが相まって、もはや別世界の話のようにも思われ、現代を舞台にしたミステリとは違った趣きがあります。

 そして、この特殊な舞台であるからこそ描くことが出来たであろう謎が秀逸で、最後に解き明かされた時にはその伏線の妙に思わず膝を打ちました(ちなみに、私は二度の「読者への挑戦」のいずれにおいても全く歯が立ちませんでした)。

 

 著者の陸秋槎さんはなんでも日本在住だそう。

 また、あとがきにおいて、麻耶雄嵩さんや三津田信三さんの作品に強く影響されたこと、また「アニメ的なキャラクター表現への情熱」を持っていることを書いています。

 言われてみれば、於陵葵とその次女小休、またワトソン役である観露申のキャラクターはどことなく日本アニメ的で、言ってしまえば百合っぽい雰囲気すら漂っているようにも思われます。

  そのあたりは好みの分かれる部分であるかもしれませんが、いずれにしても日本からの影響を受けているという点で、日本の読者には読みやすい作品であると言えるのではないでしょうか。

 アメリカやイギリスの作品にくらべて、中国の作品に触れる機会はなかなか少ないと思いますが、この機会に触れてみてもきっと満足できると思います。

 他にも長編の学園ミステリなども書かれているそうで、それらの邦訳にも期待したいと思います。

 

BOOK INFO

元年春之祭

著者:陸秋槎

出版社:早川書房

ISBN:9784150019358

ミステリ愛に満ちた傑作。「カササギ殺人事件」

 カササギ殺人事件、読みました。

 今年の年末の、このミスをはじめとした各ランキングはこれで決まりなのでは、という気が今のところしています。

 発売前から話題になっているので、気になっている方も多いのではないでしょうか。

 そういう方はきっと後悔しないと思いますので、すぐにでもゲットしていただきたいです。

 

 さて、この「カササギ殺人事件」というのは、作中に登場する「名探偵アティカス・ピュント」シリーズなる架空のシリーズの最新作のタイトルでもあります。

 これが本当にクリスティの時代に書かれたクラシックなのではないかと思えるようなステキなミステリで、これだけでも個人的には垂涎モノなのですが、それにとどまらず、その作中作「カササギ殺人事件」の担当編集者である「わたし」の視点で、作品を巡る、ある出来事が描かれていきます。

 

 この入れ子構造になった二つの物語が同時に楽しめる、というだけで上下巻二冊分の価値は十二分にるというものです。

 上巻を読み始めてしまえば、早晩下巻を買いにダッシュすることになるのは必定と思われますので、ぜひ上下巻まとめてお買い上げの上、腰を据えてお読みになっていただきたいと思います。

 

BOOK INFO

カササギ殺人事件 上・下」

著者:アンソニーホロヴィッツ

出版社:東京創元社

ISBN

上:9784488265076

下:9784488265083