書店員のよしなしごと

読んだ本についてぼちぼち紹介いたします。

大友落月記

 書店で仕事をしている中で、この本なんだか売れているな、と目を引かれる本が時々あります。

 この作品の著者のデビュー作「大友二階崩れ」がちょうどそんな感じでした。

 手に取ってみると確かに面白く、以来追いかけています。

 

 この作品もデビュー作に続いて、豊後国の大友氏のころを舞台とした時代小説です。

 大友宗麟に仕える近習の一人、吉弘加兵衛を主人公とするこの作品は、武家の忠義というものを正面から描いた作品であると感じました。

 

 作中当時、大友宗麟は美や女を重んじ、政を疎かにし、その間に家中では田原宗亀という重臣が大きな権力を握っています(この田原宗亀という人物も、いかにも油断ならない古狸といった感じで、じつにいい感じの悪役です)。

 加兵衛の同輩である田原民部はその力を削ぐべく、さまざまな謀略をしかけていきます。

 宗麟への忠義が篤く、その為に他者に対して冷酷にすぎるきらいのある民部に対して反発を覚えながらも、加兵衛は否応なくその謀略へ巻き込まれて行きます。

 その最中、利用すべく近づいた小原鑑元という人物の、その仁徳ある人柄に加兵衛は惹かれていきます。配下の家臣や領民に、善政をもって慕われている様を目の当たりにし、またその美しい娘とも出会ったりもし……。

 人間的に誰がどう見ても宗麟や民部より魅力的な小原鑑元。

 その近くでの生活は穏やかで、このまま平和であれ、と読んでいて思わず願ってしまうほど。

 しかし、時は乱世。

 小原家は謀略の最中へとまっしぐらに巻き込まれていきます。

 加兵衛は大友宗家と、利用されようとしている小原家の人々を、共に救い、両立させるべく奔走します。

 主人公ということもあって、私は加兵衛にかなり感情を移入して物語を読み進めていきました。

 愛すべき人々と、仕える家と、目に見えるものすべてにとにかく手を伸ばそうとする彼の必死の努力は、人間的で応援したくなるものです。

 それでもなお追い込まれていくなかで、加兵衛や小原鑑元を始めとする登場人物たちがいかに決断し、いかなる結末を迎えるのか、ぜひ御一読いただきたいと思います。

 

 ちなみに、調べて見たところ加兵衛はその後には大友家を支える重臣の一人となる人物のようです。

 この作品は、この加兵衛のひとつの成長物語とも読むことができるかもしれません。

 

BOOK INFO

「大友落月記」

著者:赤神諒

出版:日本経済新聞出版社

ISBN:9784532171476

アルゼンチンのホラー・プリンセスによる短編集「わたしたちが火の中で失くしたもの」

 アルゼンチンのホラー作家マリアーナ・エンリケスによる短編小説集。

 ホラー小説というと、やはり人知の及ばざる怪異について取り扱ったものを想像することが多いように思うのですが、この短編集においては、そういった霊的なものよりも、人間の内面にある悪意や狂気に関するものが印象に残りました。

 純エンタメというわけでもなく、社会的な問題も物語の要素として含まれており、表題作などは特にジェンダーに関する意識を強く感じました。

 スラムやストリートチルドレンなどはそうでもありませんが、鬱や引きこもりなどは日本人にとっても身近で、そういった現実世界を想起させる問題が扱われることで、恐ろしいものがぐっと身近に引き寄せられているようです。

 個人的には、怪しげな屋敷や幻影を扱った作品「アデーラの家」「隣の中庭」などが好みでした。これには思わず「怖っ」と呟いてしまうほどで、ここ最近で読んだホラーのなかでは一番かもしれません。

 

 著者の作風なのか、物語に決定的なオチが着かないというか、不合理なものが不合理なまま、この後が気になる、というところで終わる作品が多い、というかほとんどです。 こういったカタルシスを得られない作品を好まない人からすると、評価は一段下がると思いますが、個人的には大いに有りです。

 ホラー小説においては、よくわからないものはよくわからないままのほうが、怖さが残ってよいと思うのですがいかがでしょうか。 

 

 帯の惹句に曰く、「ラテンアメリカが生んだ新世代の<ホラー・プリンセス>」マリアーナ・エンリケスは、スティーブン・キングの「ペット・セマタリー」に啓示を受けたそう。

 言わずと知れたホラーの帝王に並び立つ存在になっていくのか、期待して追って行きたいと思います。


BOOK INFO

書名:わたしたちが火の中で失くしたもの

著者:マリアーナ・エンリケ

訳者:安藤哲行

出版社:河出書房新社

ISBN:9784309207483

「最初の悪い男」 ミランダ・ジュライ

 信頼と実績の新潮クレスト・ブックスより、ミランダ・ジュライの新刊「最初の悪い男」を読みました。

 個人的には初ミランダ・ジュライです。

 既刊は短編で今回が初の長編小説とのこと。

 読み終わって、ミランダ・ジュライのことをwikipediaで調べてみたんですが、非常にマルチな活動をしておられる方のようです。

 不勉強でお恥ずかしながら、そのどれにも触れたことがないので、この作品が過去のものと比べてミランダ・ジュライらしいとからしくないとか、より面白いとかそうでないとかそう言った比較は出来ないのですが、個人的な感想をつらつらとしていきたいと思います。

 

  さて、本作には二人の女性が登場します。

 一人はシェリル。43歳の女性で、職場の年上の男に片想いをしています。冴えない中年女性で、自意識が高く、自分の妄想の世界に暮らしている、そんな女性です。

 もう一人がクリー。シェリルの上司の娘で、ある時シェリーの家に転がり込んできます。美人で、巨乳で、しかしガサツで足が臭い。

 読んでいてまず思うのは、二人とも身近にはいて欲しくないタイプだな、ということです。

 しかし、一方で街のどこかですれ違っていてもおかしくない、そう思えるような人物でもあります。

 

 物語は主にシェリルの視点で進行します。

 シェリルは、自分は満たされた生活をしていて、片想いの相手もいずれ自分を振り向くと信じているようです。しかし、読者の視点からは、そうではない。抑圧されたコンプレックスを抱えているように見えます。言葉を選ばずに言えば、妄想の世界に閉じこもるイタイ人に思えます。

 ただ、彼女のことを滑稽な女だと笑うことは、私にはどうにも出来ませんでした。なんとなく、感情移入してしまうのですね。作者の実力故のことなのか、あくまで個人的なことなのかはよくわかりませんが。

 そんなシェリルのもとに、相性最悪、水と油のごとく正反対な人物であるクリーが転がり込んでくることで、シェリルのある意味安定した生活は千々に乱れ、ぶち壊しになります。

 ストレスが蓄積され、蓄積され、やがて決壊し、二人は激しく衝突します。

 しかし、それをきっかけに奇妙な絆が結ばれることとなります。

 そして、シェリルは、元の自分に幾分か愛着を感じつつも、否応なく変化をしていきます。

 この変化をさして、成長、と言っていいかは個人的にはちょっと悩ましいところです。ン十年間かけて積み上げてきた自身の価値観や生活を捨て去り、変化することは、さて成長でしょうか。

 そんなわけで、この作品を中年女性が主人公の、大人の成長物語である、というのはなんとなく違和感があります。もうちょっとバチっとはまる表現がありそうな気がするのですが……。

 ともかく、シェリルとクリーという二人の、それぞれに独特のキャラクターを持った女性の関わりと変化を通じて、人それぞれが抱える複雑さを、まとめてまるごと暖かく励ますような小説でした。

  ちなみに、途中に性的な描写がぼちぼちあるのですが、この辺りに個人的にはやや苦戦しました。必要な描写と思いつつちょっと生臭いというか。

 それを含めても非常に読みやすく、ぐいぐい読み進めてしまいました。既刊の短編小説もいずれ読んでみたいと思います。

 

BOOK INFO

「最初の悪い男」

出版社:新潮社

著者:ミランダ・ジュライ

訳者:岸本佐知子

ISBN:9784105901509

公式HP: http://www.shinchosha.co.jp/book/590150/

 

「青少年のための小説入門」

 本を読むのはお好きでしょうか。

 私は好きです。

 本のページを一度もめくらない日は、ほとんどありません(仕事の都合上当たり前といえばそうです)。

 と言って、ことさら人より読書量が多いかと問われれば、決してそんなことはありません。読書家である、と胸を張って言えるほどのものではありません。

 

 「青少年のための小説入門」というこの本を読んだ時に、まず感じたのは、これは猛烈に小説が好きな作家が、(少しでも)小説が好きな読者に向けて書いたものであろう、ということでした。

 識字に関する障害を持つヤンキーの青年と、秀才の弱気な少年がタッグを組んで小説家を目指すのですが、その過程で少年が古今の名作小説を青年のために次々と朗読していきます。

 そのそれぞれの小説の面白そうなことと言ったら!

 登場する小説をことごとく積み上げて上から順番に読んでいきたい、とそう思いわずにはおれません。そうして、この二人のように、同じ趣味の仲間と思う様感想を語り合うことができたのなら、さぞかし楽しかろう、と。

 全篇を通して、「小説は面白い。面白いんだ!」 と熱く訴えかけられるようで、読み終えた後も次の本を手に取りたくてソワソワするような作品でした。

 二人はそのようにして、時として苦悩しつつも、小説家への階梯を一歩ずつ進んで行くわけですが、詳しくは是非お手にとって御一読いただきたいと思います。

 

 出版不況の叫ばれて久しいなか、それでも書店のなかをそぞろ歩けば、面白そうな本に出会うことはままあることです。

 私は自分のことを読書家であるとはとても言えません。しかし、それでも一介の本好きとして、そんな本のことを、ほかの誰かに届けられれば面白かろうと思います。

 一種の投壜通信のような如きものとしてブログをしたためる次第です。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 

BOOK INFO

「青少年のための小説入門」

出版社:集英社

著者:久保寺健彦

ISBN:9784087754421