書店員のよしなしごと

読んだ本についてぼちぼち紹介いたします。

アルゼンチンのホラー・プリンセスによる短編集「わたしたちが火の中で失くしたもの」

 アルゼンチンのホラー作家マリアーナ・エンリケスによる短編小説集。

 ホラー小説というと、やはり人知の及ばざる怪異について取り扱ったものを想像することが多いように思うのですが、この短編集においては、そういった霊的なものよりも、人間の内面にある悪意や狂気に関するものが印象に残りました。

 純エンタメというわけでもなく、社会的な問題も物語の要素として含まれており、表題作などは特にジェンダーに関する意識を強く感じました。

 スラムやストリートチルドレンなどはそうでもありませんが、鬱や引きこもりなどは日本人にとっても身近で、そういった現実世界を想起させる問題が扱われることで、恐ろしいものがぐっと身近に引き寄せられているようです。

 個人的には、怪しげな屋敷や幻影を扱った作品「アデーラの家」「隣の中庭」などが好みでした。これには思わず「怖っ」と呟いてしまうほどで、ここ最近で読んだホラーのなかでは一番かもしれません。

 

 著者の作風なのか、物語に決定的なオチが着かないというか、不合理なものが不合理なまま、この後が気になる、というところで終わる作品が多い、というかほとんどです。 こういったカタルシスを得られない作品を好まない人からすると、評価は一段下がると思いますが、個人的には大いに有りです。

 ホラー小説においては、よくわからないものはよくわからないままのほうが、怖さが残ってよいと思うのですがいかがでしょうか。 

 

 帯の惹句に曰く、「ラテンアメリカが生んだ新世代の<ホラー・プリンセス>」マリアーナ・エンリケスは、スティーブン・キングの「ペット・セマタリー」に啓示を受けたそう。

 言わずと知れたホラーの帝王に並び立つ存在になっていくのか、期待して追って行きたいと思います。


BOOK INFO

書名:わたしたちが火の中で失くしたもの

著者:マリアーナ・エンリケ

訳者:安藤哲行

出版社:河出書房新社

ISBN:9784309207483